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大阪高等裁判所 平成5年(行コ)68号 判決

控訴人(原告) 高橋理喜男 外三〇名

被控訴人(被告) 和泉市長 外一名

主文

一  控訴人三谷武久、同三谷紀久子、同高井良子、同土井美知治及び同土井スミ子の控訴をいずれも棄却する。

二  原判決中別紙死亡当事者目録記載の四名(一審原告松尾千代一、同高田春次、控訴人高井鎌治郎及び同高田タヅ子)の請求に関する部分を取り消す。

本件訴訟のうち右四名の請求に関する部分は、同人らの死亡によりそれぞれ終了した。

三  原判決中第一、二項の九名を除くその余の控訴人らの請求にかかる部分を、次のとおり変更する。

1  右控訴人らの被控訴人和泉市長稲田順三に対する、原判決別紙物件目録(一)、(二)記載の土地を文化財として適切に管理し保存する手続をとらないことの違法確認を求める各訴えを却下する。

2  右控訴人らのその余の各請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審とも、第二項の四名を除くその余の控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人(原告)ら(但し、別紙死亡当事者目録記載の四名を除く。以下、同じ)

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人和泉市長稲田順三(以下「被告和泉市長」という。)の次のような和泉市王子財産区(以下「王子財産区」という。)財産の管理を怠る事実は、違法であることを確認する。

(一) 原判決別紙物件目録(一)、(二)記載の土地(以下「本件土地」という。)について大阪法務局泉出張所昭和六一年四月一四日受付第七八四一号でなされた、王子財産区より被控訴人遠藤與太郎(以下「被告遠藤」という。)への所有権移転登記(以下「本件所有権移転登記」という。)の抹消登記を得るための措置をとらないこと。

(二) 本件土地についての占有を被告遠藤から回復するための措置をとらないこと。

(三) 本件土地を文化財として適切に管理し保存する手続をとらないこと。

3  被告遠藤は、王子財産区に対し、本件土地についてなされた本件所有権移転登記の抹消登記手続をし、本件土地を引き渡せ。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人(被告)らの負担とする。

二  被控訴人(被告)ら

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用は控訴人(原告)らの負担とする。

第二当事者の主張、当事者間に争いのない前提事実及び争点

一  当事者の主張

当事者の主張は、次のとおり原判決を訂正等するほかは、原判決の事実中「第二 当事者の主張」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

【原判決の訂正等】

1 一二頁五行目冒頭から八行目末尾までを次のとおりに改める。

「1 原告らはいずれも和泉市の住民であり、そのうち原告三谷武久、同三谷紀久子、同高井良子、同土井美知治、同土井スミ子は王子財産区の住民である(以下、右原告五名を「財産区住民原告ら」という。)が、それ以外の原告らは同財産区の住民ではない(以下、右原告らを「財産区外原告ら」という。)。」

2 三九頁三行目の「同条六項四号、」を削除する。

3 四〇頁一行目と二行目との間に次のとおり加え、二行目冒頭の「5」を「6」に改める。

「5 原告らは、和泉市監査委員らに対し、昭和六二年二月二七日、本件売買契約は前記3の理由により違法、無効であるとして、法二四二条一項に基づいて監査を求め、損害を填補するために必要な措置を講ずるべきことを請求したが、和泉市監査委員らは、同年四月二五日、原告ら請求人に対し、右監査請求は理由がないとしてこれを棄却する旨の通知をした。」

4 五三頁八行目の「たいする」を「対する」に改める。

5 七一頁一一行目と末行の間に「7 請求原因5の事実は認める。」を加える。

二  当事者間に争いのない前提事実

当事者間に争いのない前提事実は、次のとおり原判決を訂正等するほかは、原判決の理由中「第一 当事者間に争いのない前提事実」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

【原判決の訂正等】

1 七二頁五行目冒頭から八行目末尾までを、前記一の【原判決の訂正等】1のとおりに改める。

2 七三頁五行目と六行目の間に次のとおり加え、六行目冒頭の「4」を「5」に改める。

「4 原告らは、和泉市監査委員らに対し、昭和六二年二月二七日、本件売買契約は、請求原因3の理由により違法、無効であるとして、法二四二条一項に基づいて監査を求め、損害を填補するために必要な措置を講ずるべきことを請求したが、和泉市監査委員らは、同年四月二五目、原告ら請求人に対し、右監査請求は理由がないとしてこれを棄却する旨の通知をした。」

三  争点

本件は、王子財産区の管理にあたってきた被告和泉市長(但し、本件売買契約当時の市長は、池田忠雄〔前市長〕である。以下同じ)が同財産区財産である本件土地(ため池とその堤)を被告遠藤に売り渡す旨の本件売買契約を締結し、その履行として売買代金の支払を受けて本件所有権移転登記を了し、本件土地を引き渡したところ、和泉市の住民(一部は同財産区の住民)である原告らが、本件売買契約が手続法上ないし実体法上の違法により無効であると主張して、被告和泉市長に対して法(地方自治法)二四二条の二第一項三号に基づき、本件所有権移転登記の抹消登記を得るための措置をとらないこと、被告遠藤から本件土地の占有を回復する措置をとらないこと、本件土地を文化財として管理保存する手続をとらないことの管理を怠る事実の違法確認を求めるとともに、被告遠藤に対して同項四号に基づき、本件所有権移転登記の抹消登記手続及び本件土地の王子財産区への引渡しを求めた事件であり、主たる争点は、次のとおりである。

1  本案前の主張について

(一) 住民訴訟に関する法二四二条の二の規定は、財産区についても適用ないし準用されるか(争点1)。

(二) 右(一)が肯定される場合、当該財産区の住民に限らず当該財産区のある市町村の住民も原告適格を有するか(争点2)。

(三) 法二四二条の二第一項三号の請求に係る訴えと同項四号の請求に係る訴えとが競合しても、三号請求の訴えに訴えの利益があるか(争点3)。

(四) 文化財としての管理、保存に関する怠る事実の違法確認請求は、住民訴訟の対象となり得ないか(争点4)。

2  本案について

(一) 本件売買契約は、左記の理由による手続法上の違法により無効か(争点5)。

(1) 財産区住民の同意の欠如

(2) 大阪府知事の認可の無効

〈1〉 認可申請書添付書類についての瑕疵

〈2〉 山下常夫一人の意思による売却、処分理由の不存在等

(3) 随意契約の制限に関する法令違反

〈1〉 令(地方自治法施行令)一六七条の二第一項二号非該当

〈2〉 同項五号非該当

〈3〉 被告遠藤から黒鳥土地を買収するためになされた価格釣り合わせによる不当に低い代金額での売買

(二) 本件売買契約は、被告和泉市長の法二条三項一四号、文化財保護法二ないし四条、九八条等違反による実体法上の違法により無効か(争点6)。

第三当裁判所の判断

一  判断の概要

1  当裁判所は、(一)住民訴訟に関する法二四二条の二の規定は、財産区についても適用される(争点1)、(二)右の場合、財産区の住民に限らず当該財産区のある市町村の住民も原告適格を有する(争点2)、(三)法二四二条の二第一項三号の請求に係る訴えと同項四号の請求に係る訴えとが競合しても、三号請求の訴えに訴えの利益がある(争点3)、(四)文化財としての管理、保存に関する怠る事実の違法確認請求は、住民訴訟の対象となり得ない(争点4)、(五)本件売買契約は、原告らが主張する手続法上の違法により無効であるとはいえない(争点5)、(六)また、原告らが主張する実体法上の違法によっても無効であるとはいえない(争点6)、従って、原告らの被告和泉市長に対する本件土地を文化財として適切に管理し保存する手続をとらないことの違法確認を求める各訴えは、いずれも不適法であるからこれらを却下し、その余の請求は、いずれも理由がないからこれらを棄却すべきであると判断する。

2  そうすると、原判決中、これと同旨の財産区住民原告らの請求に関する部分についての原審の判断は是認できるが、財産区外原告らの請求に関し、財産区についての住民訴訟の原告適格を有するのは当該財産区の住民に限られるとし、財産区外原告らの各訴えを不適法として却下した部分については、これを変更し、被告和泉市長に対する本件土地を文化財として適切に管理保存する手続をとらないことの違法確認を求める各訴えを却下し、その余の各請求はこれを棄却すべきである(なお、右棄却部分は、いずれも原審において訴えを却下された部分であるが、原審の審理経過に照らすと、実質的に右各請求の実体判断に必要な審理は既に原審において尽くされていると認められるので、右のとおり判断をすることにした。)。

3  また、記録によれば、原告松尾千代一は昭和六三年八月二三日、同高田春次は平成三年一一月一日、同高井鎌治郎は平成六年九月一一日、同高田タヅ子は平成八年二月五日にそれぞれ死亡していることが明らかである。しかるところ、住民訴訟を提起する権利は、適正な地方行政運営を保障する具体的手段として法(地方自治法二四二条の二)によって与えられた公法上の権利であり、一身専属的なものであって、原告が死亡した場合においては、その訴訟を承継する理由はなく、当然に終了するものと解されるので、原判決中、右四名の請求に関する部分は、取り消されるべきである。

4  右1、2の判断に至る過程は、後記二、三のとおり付加、訂正等するほかは、原判決の理由中「第二 本案前の主張について」及び「第三 本案について」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

二  本案前の主張について

1  財産区についての住民訴訟の適用ないし準用(争点1)

原判決七四頁四行目冒頭から七七頁一一行目末尾までを次のとおりに改める。

「財産区制度の発端は、明治二二年の市町村制施行の際、旧来から存した旧『村』有財産等に関する関係者の権利を保護するため、本来、新市町村に帰属させるべき財産に特別に法人格を与えたことに始まり、その趣旨が地方自治法にも引き継がれて今日の財産区制度になっているものと認められる(甲第五五号証の一ないし三)。

このような沿革を有する財産区は、市町村及び特別区のうちの一定範囲の地域及びその地域の住民を構成要素とする特別地方公共団体であって(法一条の二第三項)、独立の法人格を有する(法二条一項)とされているが、その権能は、所有する財産又は公の施設の管理及び処分又は廃止に限られており、原則として固有の機関を有していない。すなわち、財産区の財産等について、『その財産又は公の施設の管理及び処分又は廃止については、この法律中地方公共団体の財産又は公の施設の管理及び処分又は廃止に関する規定による。』(二九四条一項)とされているものの、その機関に関しては、条例により財産区の議会又は総会を設けて議決にあたらせ(法二九五条)、あるいは条例により同意機関として財産区管理会を置くことができる(法二九六条の二、同条の三)とされている以外、特別の規定はない。そうすると、右議会又は総会が設けられたとき以外の財産区の意思決定機関は市町村等の議会ということになると解される(法九六条一項六号、七号)。

また、財産区の執行機関については、これを明記した特別の規定は何ら存しないが、その事務処理に関する規定をみてみると、市町村等の長は、財産区の財産又は公の施設の管理及び処分又は廃止で重要なものについては、財産区管理会の同意を得なければならず(法二九六条の三第一項)、財産区の財産又は公の施設の管理に関する事務の全部又は一部を財産区管理会又は財産区管理委員に委任することができるとされ(同条の三第二項)、都道府県知事は、財産区の事務の処理について市町村等の長に報告等を求めることができるとされており(法二九六条の六)、これらのことからすると、法は市町村等の長が財産区の事務の処理に当たることを予定しているものと解することができる。

以上にみてきた財産区の沿革と財産区に関する各規定及び財産区がそれなりの法人格を有する特別地方公共団体であることを考慮すると、法二九四条一項が前示のように規定しているのは、財産区の所在する市町村等にその事務を委任する趣旨であると解することができ、財産区の所在する市町村等は、財産区の事務を団体委任事務として処理するものと解する(法二条二項)のが相当である。

そうだとすると、財産区についても法二四二条及び同条の二が適用されるといわなければならず、この点に関する被告らの主張は採用できない。」

2  財産区についての住民訴訟の原告適格(争点2)

原判決七八頁一行目冒頭から八〇頁六行目末尾までを次のとおりに改める。

「右のとおり、財産区についても法二四二条及び同条の二が適用されるとすると、財産区の住民のみならず、当該財産区の所在する地方公共団体の住民にも財産区についての住民訴訟の原告適格を認められるというべきであり、この点に関する被告らの主張も採用できない。」

3  法二四二条の二第一項四号請求と競合する同項三号請求の訴えの利益(争点3)

同一の事項について四号請求を行うときには三号請求が訴えの利益を欠き不適法になると解するのは相当ではなく、本件各三号請求の訴えは適法である。その理由は、原判決(八〇頁八行目から八三頁一行目まで)に示されているとおりである。

4  文化財としての管理、保存に関する怠る事実の違法確認請求の適法性(争点4)

右違法確認請求は、住民訴訟の対象たり得ず不適法であるから、原告らの右請求に係る訴えはいずれも不適法として却下されるべきである。その理由は、原判決(八三頁三行目から八四頁一行目まで)に示されているとおりである。

三  本案について

1  本件売買契約の手続法上の違法による無効(争点5)

(一) 財産区住民の同意の欠如

財産区住民の同意の欠如を理由として本件売買契約が無効であるとする原告らの主張は採用できない。その理由は、次のとおり原判決を訂正等し、原告らの当審における補充主張に対する判断を付加するほかは、原判決(八四頁五行目から八七頁六行目まで)に示されているとおりである。

【原判決の訂正等】

八四頁七行目の「法二九四条一項」の次に「、九六条、一四八条、一四九条六号、七号」を加える。

【原告らの当審における補充主張に対する判断】

原告らは、当審において、「和泉市が、従来から、財産区財産の処分に関し財産区財産取扱要綱(本件要綱)を定め、その中で当該財産の処分について財産区住民の同意を得ること等を手続的要件とするとともに、本件要綱に従い、財産区住民の同意のある場合にのみ財産区財産の処分を認めて大阪府知事への認可申請を行うという取扱いをしてきたのは、特別地方公共団体の一つである財産区の財産管理者たる被告和泉市長自身が、地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨すなわち、その地方の公共事務はなによりもその地方の住民の意思に基づいて行われるべきであるとの憲法の要請(憲法九二条)及び地方自治法の趣旨を受けて、自らその裁量権に制約を課し、制限的に処分権を行使してきたことを意味するものである。しかるに、本件において、従来の本件要綱に従った取扱いを無視して財産区住民の同意がないのに財産区財産の処分を認めるのは、裁量権の濫用ないしその範囲を逸脱するものであり、違法となる。」としたうえ、「〈1〉和泉市においては、従来、町会総会の決議があれば財産区住民の同意があったとみなし得るという考えを前提に、住民総会(町会総会)の議事録を財産区財産の処分申請書に添付することを要求する本件要綱を定め、それにそった運用をしてきたという経過があり、〈2〉王子財産区を構成する宮本町会及び王子町会の実情からみて、町会総会が十分開催可能であったにもかかわらず、〈3〉本件土地の処分の可否を議題として町会総会を開催する旨の通知を町会の構成員に対してなした上での町会総会は開催されておらず、一部の役員が出席した会合で出席者らが勝手にその会合を総会扱いすることにして総会と称することにしており、〈4〉その後の経過からみて、もしきちんと議題を通知して町会総会が開催されていれば、総会としては本件土地の処分について同意しなかった可能性は十二分にあり、〈5〉しかも、管理者たる被告和泉市長(担当者)は、このことを十分知悉しながら大阪府知事に対する認可申請に及んだという事情がある。このような事情のもとでは、被告和泉市長が財産区住民の同意を得ることなく本件売買契約を締結し、本件土地を処分した行為は、地方自治の本旨及び財産区制度の趣旨を没却するものであり、管理権の濫用ないし逸脱として違法無効になると解すべきである」旨主張する。

しかしながら、財産区財産の処分にあたり財産区住民の同意を得ることは地方自治法上その要件とされていないこと、及び本件要綱の性質が、あくまでも和泉市内部での財産区財産の処分を行う場合の取扱いの要領を定めたものにすぎないことは原判決に示されているとおりであり、そうである以上、これまでの内部的な取扱いの要領との関係からすると、原告らが指摘する問題があることは否定し得ないとしても、右のような本件要綱の性質や対外的な関係(処分行為の相手方となった者の立場)をも考慮に入れるとすると、右のことから直ちに本件売買契約を無効であるというのは相当でなく、やはり、原告らの右主張も採用できないといわざるを得ない。

(二) 大阪府知事の認可の無効

(1) 認可申請書添付書類についての瑕疵

右認可申請書添付書類についての瑕疵を理由として大阪府知事の認可が無効であるとする原告らの主張は採用できない。その理由は、次のとおり原判決を訂正等し、原告らの当審における補充主張に対する判断を付加するほかは、原判決(八七頁九行目から九八頁一行目まで)に示されているとおりである。

【原判決の訂正等】

九〇頁四行目の「甲一〇、一一、」の次に「一二の三、一二の六ないし八」、四行目から五行目にかけての「一二の一五」の次に「、一二の二四、乙一の七、一の四五」をそれぞれ加え、八行目の「本件土地に隣接する」を「本件土地の近くに所在する」、九三頁八行目の「それら者」を「それらの者」にそれぞれ改める。

【原告らの当審における補充主張に対する判断】

原告らは、当審において「本件要綱では、財産区財産の処分については、処分しようとする者が当該財産に係る公用を廃止させて諸権利諸問題を消滅させた上、〈1〉財産区代表者(町会長)の処分申請書、〈2〉財産区関係者(町会役員)の同意書、〈3〉実行組合長(農協支部の代表者)の同意書、〈4〉財産区代表者(町会長)の確約書、〈5〉水利権放棄書、〈6〉財産区住民総会(町会総会)議事録を提出して、被告和泉市長に申請しなければならないとされている。これは、〈3〉の実行組合長の同意書と〈5〉の水利権放棄書の提出によって、当該財産に係る権利関係を既に消滅させていることを担保し、〈2〉の財産区関係者の同意書と〈6〉の財産区住民総会議事録の提出によって、当該財産区住民の同意を得ていることを担保しようとしたものである。しかるところ、本件では、〈3〉(王子実行組合長の同意書)及び〈5〉(水利権放棄書)は作成権限のない者が作成したもの、〈2〉(宮本町会の部落役員同意書)は別の目的で作成されたものを流用したもの、〈6〉(宮本町会総会議事録及び王子町会総会議事録)は開催の事実のない住民総会(町会総会)を開催したと記載したものであり、〈1〉、〈4〉以外の書類にはいずれも重大な瑕疵があり、これに基づく大阪府知事に対する認可申請を容認したのでは、本件要綱の趣旨、ひいては地方自治の精神及び財産区制度の趣旨を完全に否定することになる」旨主張する。

しかしながら、前示のとおり、財産区財産の処分にあたり財産区住民の同意を得ることは地方自治法上その要件とされていないこと、また、法二九六条の五第二項による知事の認可は、財産区設置の趣旨、財産区住民の福祉増進等一切の事情を総合考慮してなされるものであり、本件における大阪府知事の認可も、原告らが指摘する同意書等の存在のみを理由に認可されたものとは解せられないので、原告らの右主張は採用できない。

(2) 山下常夫一人の意思による売却、処分理由の不存在等

この点に関する原告らの主張は採用できない。その理由は、次のとおり原判決を訂正等するほかは、原判決(九八頁四行目から一〇一頁八行目まで)に示されているとおりである。

【原判決の訂正等】

一〇〇頁六行目の「七の二、」の次に「一〇、」、一〇一頁六行目末尾に「また、被告和泉市長ないし和泉市の担当者が知事の認可を騙取する意図をもって認可申請を行ったと認めるに足りる証拠はない。」をそれぞれ加え、八行目の「原告等の主張は失当である。」を「原告らの主張は理由がない。」に改める。

(三) 随意契約の制限に関する法令違反

原告らは、本件売買契約は令一六七条の二第一項二号、五号に該当するとして随意契約の方法でなされたが、実際には右いずれの場合にも該当せず、被告遠藤から黒鳥土地を買収するためになされた価格釣り合わせによる不当に低い代金額での売買であるから、本件売買契約は無効であると主張するが、右主張は、いずれも採用できない。その理由は、次のとおり原判決を訂正等し、原告らの当審における補充主張に対する判断を付加するほかは、原判決(一〇一頁一〇行目から一二一頁一行目まで)に示されているとおりである。

【原判決の訂正等】

一〇三頁末行の「乙一の二」及び一〇五頁一行目から二行目にかけての「証人山下常夫」の前に、それぞれ「甲一八ないし二〇、」を加え、一〇六頁四行目末尾に「なお、原告らは、本件土地につき、本件売買価格の坪当たり一四万円より高い坪当たり一七万円で買いたいという希望者が他に存在したと主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。」を加え、一〇七頁五行目の「維持管」を「維持管理」に改め、一一五頁一〇行目末尾に「右代金額は、株式会社補償評価研究所の鑑定評価に基づいて決定された。」、一一七頁七行目の「判決」の次に「・民集四一巻四号六八七頁参照」をそれぞれ加え、一二一頁一行目の「失当である。」を「理由がない。」に改める。

【原告らの当審における補充主張に対する判断】

(1) 原告らの当審における補充主張

法二三四条一項が「売買、賃借、請負その他の契約は、一般競争入札、指名競争入札、随意契約又はせり売りの方法により締結するものとする。」とし、二項が「前項の…、随意契約…は、政令で定める場合に該当するときに限り、これによることができる。」としている趣旨は、一般競争入札の方法が、機会均等の理念に最も適合して公正であり、かつ、地方公共団体にとっての価格の有利性を確保し得ること、随意契約には、契約の相手方が固定化し、契約の締結が情実に左右されるなど公正を妨げる事態を生じるおそれがあること等にあり、かかる観点からすると、令一六七条の二第一項二号の「その性質又は目的が競争入札に適しないもの」に該当する場合としては、〈1〉不動産の買入れ又は借入れに関する契約のように、当該契約の目的物の性質から契約の相手方がおのずから特定の者に限定されてしまう場合、〈2〉契約の締結を秘密にすることが当該契約の目的を達成する上で必要とされる場合、〈3〉不特定多数の者の参加を求め競争原理に基づいて契約の相手方を決定することが必ずしも適当でなく、当該契約の目的、内容に照らしそれに相応する資力、信用、技術、経験等を有する相手方を選定しその者との間で契約の締結をするという方法をとるのが当該契約の性質に照らし又はその目的を究極的に達成する上でより妥当であり、ひいては当該普通地方公共団体の利益の増進につながると合理的に判断される場合が挙げられる(最高裁判所昭和五七年(行ツ)第七四号昭和六二年三月二〇日第二小法廷判決)。これを本件売買契約についてみるに、不動産の購入と違って売却であるから、契約の相手方がおのずから特定の者に限定されるわけではなく、〈1〉には該当しない。本件売買契約の目的は、被告らの主張によっても本件土地(ため池とその堤)の維持管理から免れることと、王子財産区内の他のため池、水路等の維持管理に必要な費用の取得とにあったというのであるから、契約の締結を秘密にする必要はなく、〈2〉にも該当しない。本件売買契約の条件とされた一〇年間の現状有姿での保存と転売禁止の義務は、単に買主に対して不作為を求めるものにすぎず、悪臭の除去や防護柵の設置等の維持管理も、管理行為としては初歩的かつ簡易なもので、契約において特に定めずとも、ため池の保有者である限り当然に負担する基本的な責務にすぎないから、結局、本件土地の管理には、特段の資力、信用、技術、経験等を必要とするものではなく、〈3〉にも該当しない。

また、令一六七条の二第一項五号の「時価に比して著しく有利な価格で契約を締結することができる見込みのあるとき」についていえば、右にいう「有利な価格」は、契約担当者の合理的な判断が含まれていなければ具体的には決定できないものではあるが、前記同項二号にいう「その性質又は目的が競争入札に適しないもの」に該当するか否かの判断と比較すれば、その判断ははるかに容易であり、また、客観性を持たせることができる判断であり、その意味で契約担当者の裁量の幅は比較的狭く限定されている。そして、その具体的方法として鑑定の制度が存在する。しかも、単に「有利な価格」ではなく「著しく」有利な価格でなければならないとされていることからすると、「少々の価格的有利さ」や「多少又は普通程度の価格的有利さ」であれば、それは一般競争入札に付した場合にも当然予想できることであるから随意契約に付することは認められない。これを本件売買価格についてみるに、右価格は、本件売買契約に近接した時点で新たな鑑定評価をすることなく、契約担当者において単純に昭和五八年一二月時点の本件土地の鑑定評価額に経時的な修正率一〇パーセント分を上乗せし、これに更に一〇パーセント上乗せするという方法で算定したものにすぎず、右の程度でもって競争入札の原則の例外としての随意契約の方法によることが許される程の「時価に比して著しく有利な価格」とはいえない。

(2) 右補充主張に対する判断

一般競争入札を原則とし随意契約を例外とした法二三四条一項、二項の趣旨は原告ら主張のとおりであり、右趣旨からすると、令一六七条の二第一項は、随意契約の方法により得る場合を一号から七号まで列挙しているが、これらの事由は限定列挙と解すべきものである。従って、列挙された事由のいずれにも該当しない場合に随意契約の方法によって契約が締結された場合には、違法というべきことになる。ところで、同項二号は「……その他の契約でその性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき」と定めているが、そこに例示されているもののほか、どのような契約がこれに該当するのかは必ずしも明らかではない。しかし、以下にみるように会計法等の規定に照らしてみると、右にいう「競争入札に適しないもの」という概念にもある程度の幅があることが明らかである。すなわち、会計法並びに予算決算及び会計令(以下「予決令」という。)の規定をみてみると、会計法二九条の三第一項によると、売買等の契約を締結する場合においては、競争に付することを基本としているが、同第四項において「契約の性質又は目的が競争を許さない場合、緊急の必要により競争に付することができない場合及び競争に付することが不利と認められる場合においては、政令の定めるところにより、随意契約によるものとする。」とし、同五項において「契約に係る予定価格が少額である場合その他政令で定める場合においては、…随意契約によることができる。」と規定したうえ、予決令九九条においては、随意契約によることができる場合を一号から二五号まで類型的に列挙している。これらの定めから明らかなように、会計法は、「契約の性質又は目的が競争を許さない場合」等、競争原理を導入することが不可能又は著しく困難なものについては、随意契約によるものとしたが、契約の締結に当たって競争原理の導入が可能な場合であっても、競争に付する必要が乏しいものや当該契約の性質や目的に照らして競争に付することが必ずしも適当でないものもあり得ることを認め、それらを予決令において類型化して列挙し、これに該当するときは随意契約により得ることを明らかにしているものと解される。そして、令(地方自治法施行令)一六七条の二第一項二号所定の「その性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき」との要件は、会計法二九条の三第四項の「契約の性質又は目的が競争を許さない場合」とは明らかに異なり、これよりも広く、契約の締結に当たって競争原理の導入が不可能又は著しく困難と認められる場合のみならず、競争原理の導入が可能な場合にも、なお競争入札に適しないとされるものがあり得ることを前提にしているものと解される。そうだとすれば、令一六七条の二第一項第二号にいう「その性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき」に該当するか否かは、ある程度幅のある判断であり、普通地方公共団体の契約担当者が契約の公正及び価格の有利性を図ることを目的として普通地方公共団体の契約締結方法に制限を加えている法令の趣旨を勘案し、個々具体的な契約毎に、当該契約の種類、内容、性質、目的等諸般の事情を考慮して、その合理的な裁量に基づいて判断すべきものと解するのが相当であり(最高裁判所昭和五七年(行ツ)第七四号昭和六二年三月二〇日第二小法廷判決・民集四一巻二号一八九頁参照)、右契約担当者の判断が明らかに不合理であると認められる場合にはじめてこれを違法とすることができるものというべきである。

また、令一六七条の二第一項五号所定の「時価に比して著しく有利な価格で契約を締結することができる見込みのあるとき」についても、多かれ少なかれ判断の幅の生じ得る要件の定め方がされており、法文上はこれに該当するか否かの判断に契約担当者の裁量を認める余地が十分にあるから、同号の規定により随意契約の方法によることができる場合に該当するか否かについても、個々具体的な契約毎に、適正な時価の判定に基づく普通地方公共団体の契約担当者の合理的な裁量判断により決定すべきものと解するのが相当であり、右契約担当者の判断が明らかに不合理であると認められる場合にはじめてこれを違法とすることができるものというべきである。

そして、これを本件についてみるに、本件売買契約に関し原審において認定された事実によれば、原判決にも示されているとおり本件売買契約が令一六七条の二第一項二号、五号に該当するとの被告和泉市長の判断が明らかに不合理であるとまではいえないから、原告らの前記補充主張を考慮しても、この点に関する原告らの主張は採用できない。

2  本件売買契約の実体法上の違法による無効(争点6)

原判決一二一頁三行目冒頭から一二二頁六行目末尾までを次のとおりに改める。

「(一) 原告らは、住民訴訟の対象が地方公共団体の執行機関又は職員の違法な財務会計上の行為又は怠る事実に限られるとしても、右行為が違法となるのは、単にそれ自体が直接財務会計法令や財務会計原理に違反する場合だけでなく、右行為がそれを統制する別の原理に違反して許されない場合や、右行為の前提となる非財務行為が法令に違反して許されない場合の財務会計上の行為も、また、違法となる余地があることを前提として、前示の原審における主張に加えて、当審において次のとおり主張する。

本件各訴えのうち、被告和泉市長に対して本件所有権移転登記の抹消登記を得るための措置をとらないこと、被告遠藤から本件土地の占有を回復する措置をとらないことの管理を怠る事実の違法確認を求める訴え、及び被告遠藤に対して本件所有権移転登記の抹消登記手続及び本件土地の王子財産区への引渡しを求める訴えのように、売買契約の無効を前提に当該売買契約の履行に基づく違法状態の解消を求める住民訴訟において、売買契約を無効に至らしめる違法理由として主張し得る行為は、当該売買契約に関する財務会計行為に限られることはあり得ず、当該契約に関する実体法上の違法理由のすべてに及ぶことは明らかである。

和泉市は、普通地方公共団体として、「建造物、絵画、芸能、史跡、名勝その他の文化財を保護し、又は管理する」事務を処理する(法二条二項、三項一四号)から、被告和泉市長は、普通地方公共団体である和泉市の長として、和泉市内に存在する文化財を保護し、又は管理する事務を管理し、これを執行する権限を有している(法一四八条一項)。他方、王子財産区は、特別地方公共団体として、財産区財産等の管理及び処分又は廃止に関する権能を有し、被告和泉市長は、同財産区の管理者として右事務を管理、執行する権限を有している(法二九四条一項、一四八条、一四九条六号、七号)。

しかるところ、文化財保護法三条は「…地方公共団体は、文化財がわが国の歴史、文化等の正しい理解のため欠くことのできないものであり、且つ、将来の文化の向上発展の基礎をなすものであることを認識し、その保存が適切に行われるように、周到の注意をもってこの法律の趣旨の徹底に努めなければならない。」と、四条二項は「文化財の所有者その他の関係者は、文化財が貴重な国民的財産であることを自覚し、これを公共のために大切に保存するとともに、できるだけこれを公開する等その文化的活用に努めなければならない。」と規定しているが、右にいう「文化財」とは同法二条で定義された「文化財」であり、指定を受けた文化財に限定されるものではない。そして、未指定の文化財であっても、それがわが国にとって歴史上、学術上価値の高いもので、広く国民がその価値を認め、その保存が強く求められている場合、当該文化財を所有しているのが地方公共団体自身であり、従って、関係者の所有権その他の財産権に対する配慮を必要とせず、当該文化財を保存することが容易であり、かつ、当該地方公共団体以外に当該文化財の保存をする者が予定されていない等の特段の事情が存するときは、当該文化財の所有者である地方公共団体は、文化財保護行政を行う者として、未指定の文化財であるとの理由で放置することは許されず、指定されるまでの間、文化財保護法の趣旨に従って適切に当該文化財を保存すべき法律上の義務が生ずるのであって、かかる義務を怠るときは違法となる。

本件についてこれをみるに、本件土地(ため池とその堤・「鏡池」)は、未だ文化財保護法六九条に基づく指定を受けていないが、同条にいう「史跡」として指定されるべき「旧宅、園池、井泉、樹石及び特に由緒のある地域の類」に該当する「重要な記念物」である。本件売買契約締結当時、かかる価値のある文化財たる本件土地を所有していたのが特別地方公共団体である王子財産区であり、私人の所有権に対する制限を加えることなく本件土地を保存することが可能であり、その管理者(執行機関)である被告和泉市長のほかに本件土地の保存を行う適任者は存在しなかったから、被告和泉市長が、本件土地に対する文化財保護行政を行うべき普通地方公共団体である和泉市の長として(地方自治法二条二項、三項一四号、文化財保護法三条)、かつ、本件土地の所有者、すなわち特別地方公共団体である王子財産区財産の管理者として(地方自治法二九四条一項、文化財保護法四条二項)、地方自治法及び文化財保護法に基づき、本件土地を適切に保存すべき法律上の義務を負っていたことは明らかである。本件売買契約は、被告和泉市長のかかる保存義務に違反してなされたものであるから違法性は重大かつ明白であり、しかも、本件土地の価値、保存を求める声はひろく報道機関等を通じて周知されていた事実に照らすと、かかる違法の存することは被告遠藤も知っていたから、本件売買契約は無効である。

(二) しかしながら、本件土地を文化財として保護していくかどうかは、原告らもいうとおり、元来、文化財保護行政の問題であり、それを行うべき立場にあるのは普通地方公共団体である和泉市であると解されるところ、原告らは、本件売買契約は、被告和泉市長が普通地方公共団体である和泉市の長及び特別地方公共団体である王子財産区の管理者として負っていた保存義務に反してなされたものであるというが、原告らが指摘する各法条に照らしてみても、被告和泉市長が本件土地につき原告ら主張の法律上の義務を負っていたと認めることはできない。そうだとすれば、文化財として格別の措置のとられていない本件土地についてなされた本件売買契約を、原告らがいうような理由で文化財保存義務違反により無効となるとすべき余地はなく、結局、その余の点について判断するまでもなく、前記(一)の原告らの主張は採用できない。

(三) その他、本件土地の売却代金が不当に低額であるといえないことは前示のとおりであるし、その使途が違法であるといえるような事情は何ら認められない。

よって、本件売買契約が実体法上の違法により無効になるとの原告らの主張は理由がない。」

四  結論

以上の次第で、原判決中、財産区住民原告ら(原告三谷武久、同三谷紀久子、同高井良子、同土井美知治及び同土井スミ子)の請求に関する部分は相当であるから、同原告らの控訴を棄却し、死亡した原告ら(原告松尾千代一、同高田春次、同高井鎌治郎、同高田タヅ子)及び財産区外原告ら(右九名以外の原告ら)の請求に関する部分はこれを取り消し、変更して、主文第二、三項のとおり判決することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 上野茂 竹原俊一 長井浩一)

別紙死亡当事者目録〈省略〉

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